「極楽に行くクスリを飲む前に」~ソワカちゃん衒学談義

第1部 その2より続く。

namak:というわけで、「秘陣閃耀降魔」お楽しみいただきました。(会場拍手) 本日はトミ田の方が所用で欠席ということで、なんたらクロスでなんたらたらに変身はしていただけなかったようです。そんな話はさておき、次のテーマに入っていきたいと思います。次のテーマはこちら。

タイトル画面
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namak:「極楽に行くクスリを飲む前に」。本日は残念ながらメニューの方に「極楽に行くクスリ」がありません。(会場笑) パパの飲んでいた大五郎はありますので、ぜひじゃんじゃんご注文ください。
 ところでtrickenさん、この「極楽に行くクスリを飲む前に」このタイトルはどういう意味があるんでしょうか。
tricken:はい、「極楽」というのは実はクーヤンの宗教、浄土宗の言葉なんですね。そしてこの浄土宗、実は「南無阿弥陀仏」と一生に一回、全身全霊で唱えることさえできれば、「次は確実に悟れる世界」に転生できる……あえて粗っぽく言ってしまえば、そういう教えなんです。極楽浄土に行って、それから悟る。いわば「リーチ仏教」なんです。でも真言宗のソワカパパはそういう教えを持っていないので、「極楽に行くクスリを飲めばいい」と適当なことを言ってしまえる。たしかに、ブッディストとしてどうか? という話ですけれど、真言宗の僧侶としてはべつに間違ってはいないんですね。
 そんな風に、「ソワカちゃんは面白いんだけど、宗教ネタは適当なんじゃない?」とか「一貫性ないんじゃない?」とか言われたりしがちなんですけど、実はそこに、一貫性が見いだせるんじゃないかということを、ストーリー構造を踏まえながらちょっとずつ解き明かしていきたいな、というのが僕のテーマです。
 さてまず、「物語構造からみたソワカちゃん」の図をまとめで作ってみました。スライドよろしくお願いします。

スライド1/7枚目
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tricken:これが『ソワカちゃん』の三勢力です。ご覧ください、まず大乗仏教・真言宗の娘さんとしてソワカちゃんがいます。協力者たちにチベット仏教のパワーを持つちょいマロ親父、麗子、メカ沢先生の三人。それから浄土系のクーヤンがいます。それに対して、グルグル教団が対抗勢力としている。このグルグル教団は、パパを殺しただけではなく、イケメンの教団組織「ドクガ」をも乗っ取っている。ドクガは下の方に書いているんですけれど、個人救済の新興宗教なんですね。このソワカちゃん陣営、グルグル、ドクガの三つの組織がいるという風に読めるんですが……これが全部「宗教系組織」だってのが、ソワカちゃんの面白いところだなと思います。架空のアニメ作品といっても、ここまで宗教関係者とオカルト関係者しかいないアニメって……普通ないですよね。(会場笑)
 次に、この三者の教えを分析していきましょう。次のスライドよろしくお願いします。

スライド2/7枚目
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tricken:まず仏教の基本的な話をおさらいします。「宗派はいろいろあるけど元はゴータマ=シッダールタ」。色々な宗派の名前があるのを観たことがあると思います。これは、クーヤンとソワカちゃんが、宗派が違うのに共闘できる理由でもあります。
 このスライドに、〈教相判釈〉〔きょうそうはんじゃく〕という漢字を書かせていただきました。これは何かというと、たとえば空海さんの教えだったら「『大日経』と『金剛頂経』が一番偉いんだ!」です。あるいは法然さんや親鸞さんだったら「いやいや違う、『阿弥陀経』が一番偉いんだ!」という感じ。要するに仏教では、「教えの書かれたお経のうち、一番偉くて尊いものはどれなのか」を決めるところで、宗派の特色が出てきます。一方で、基本的な教え、「八正道」や「四法印」という基本理念に関しては、各宗派で共通しています。そこを外しては仏教ではなくなってしまう。そういうわけで、ソワカちゃんたちは「大乗仏教」というところに所属している。さらに上座部仏教より、他人〔ヒト〕のために尽くす、「利他行」を重視する。それで二人は味方同士グルグルと戦える関係にある。以上が仏教的に見た場合に「一緒にいていい理由」なんですね。……○○系とは相性よくないの」って話はありますけれども。現代の○○系ではちゃんと他宗派と仲良くしているところもあるので大丈夫です。(会場笑) 次のスライド行ってもらいましょう。

スライド3/7枚目
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tricken:次は宗教としてのドクガの話です。「魂の独我論的救済教」が正式名称です。ドクガという言葉は、哲学の議論から来ています。では独我論とは何か? ここにウィトゲンシュタインという人の顔を出しました。この人は『論理哲学論考』という本*1を書いた人なのですが、その本の5.6節に「私の言語の限界が私の世界の限界を意味する」という記述があります*2。だから僕は、他人について知り得ないんだ。あるいは、他人について僕たちは本当のことをわかり得ないんだ。そういうことを言い出したとされる哲学者なんですね。イケメンが引用しているのは、実はウィトゲンシュタインのこの部分だということです。
 独我論は要するに、「他人のことを考える」という前提がそもそも成り立たないのではという話です。そしておそらく、だからこそドクガは「個人救済の宗教」になっている。ところが、実際に宗教としてどうかという話になると……イケメン人気で組織が保たれているところがありますね(笑)。教えがいいってわけじゃないところが、さくしゃさんが作った実質の「ドクガ」の話だった。
伊藤:それはウィトゲンシュタインがイケメンって意味じゃないよね?
tricken:そんなことは全然ないです(笑)。でも、イケメンだと思われる方もいるかもしれない。
monado:ウィトゲンシュタインがゲイという説が……。
tricken:それは、お弟子さんの証言によれば、断定できないみたいですが*3……一応独身でしたけれども。次行ってもらいましょうか。

スライド4/7枚目
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tricken:さて、次はグルグルの解説です……へんなタコのイラストがいますけれど、あまり気にしないでください*4。呉くれぞう、ナースIDE、デブヌル男の三人患者集団がグルグルの母体となりました。
 ここで、この話の初めの方で出てきた〈教相判釈〉の話が活きてきます。彼らが選んだお経が『妙法蟲聲經』。これは、ラヴクラフトというホラー作家が書いた「クトゥルー神話」から来ているんですね。これは元々『ネクロノミコン』という経典で、これを読むと……要するに、邪神を呼び出したくなるんですね。(会場笑) そして、他の人間を犠牲にしてでも邪神を呼び出さずには居られなくなり、他人をどんどん犠牲にしていく。ニコニコ動画で「SAN値直葬」*5なんていうタグを見たことあるかもしれませんが、タコではなく将門を呼び出したり、ヤンデル・グレテルを誘拐してひどい目に遭わせたり、ソワカちゃんのパパを殺したり、ソワカちゃんとクーヤンが酷い目に遭ったりする。要するに、自らの目的のためには他人の都合を考えない宗教だということです。
 次のスライドをお願いします。

スライド5/7枚目
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tricken:では、ソワカちゃんの仏教はどうして正義の側でいられるのか。ドクガは個人救済しか考えられない教義でした。グルグルも、他人を傷つけることに何の疑問もありません。そうした二つのカルトとは違って、大乗仏教には「利他行」「慈悲」というものがあるんですね。「衆生済度の教えを心に」という言葉がオープニングの歌詞にありましたけれど、「私だけでなく、ヒトのことも救わないといけないよね」というのが、大乗以降の仏教が重視した教えなんです。
 さらに、「慈悲」という言葉は実は〈慈〉と〈悲〉に分かれる。〈慈〉は、人にメリット〔利益〕を与えること、そして〈悲〉は人の悲しみ・デメリット〔不利益〕を取り除く。これを合わせて「慈・悲」といいます。この慈悲をもっていなければ悟っても意味ないよね、というのが、大乗仏教の立場です。こうしてみるとソワカちゃんの物語は、基本的にはソワカパパに対する愛別離苦や愛欲から解き放たれて、どんどん仏教徒としての格を上げていくストーリーとして読むこともできるという解釈が成り立ちます。そうした読みを通じて、自分のことばかり機にかけて結局救われないドクガや、邪教グルグルとの宗教的な差異も際立ってくるのではないかと思います。最後のスライドをお願いします。

スライド6/7枚目
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tricken:エンディングの歌詞です。(会場笑) 「言いたいことも言えないこの世界で/信じられるもの〔正義〕があるとすれば/それはあなたの愛〔慈悲の心〕と/五感で捉えられない真実〔悟りの境地〕」。ソワカちゃんは、最終話ではこういう境地に向かっていくのではないか……なんて言うと、全然違う答えをさくしゃさんが出してくれるはずです。(会場笑) さくしゃさんにはぜひ斜め上を行って貰いたいと思います。……と、こんな風に、『ソワカちゃん』の宗教ネタに一貫性を持たせる試みを考えてみました。まとめスライドを見ながら、議論をしていきましょう。

スライド7/7枚目
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monado:この図、グルグルの所に「クトゥルー教団」とありますけれど、実際の所は黒魔術、クロウリーやグルジェフなど、色んなものが混じってきていいます。魔術教団という側面もある。でもクトゥルーというとわかりやすい感じはする。
tricken:エルダーサイン*6も、ロボ田とトミ田が使っていました。警察手帳の桜マークの代わりに持っていましたね。
monado:警察権力にもクトゥルー的な要素がすでに入っているということですね。世界は崩壊に向かっているんじゃないかっていう世界観を、それで演出している。
伊藤:まずソワカちゃんって……仏教徒なの? そもそも?
tricken:えーと、どうなんでしょう、その質問はさすがに想定できてなかったです(笑)。超能力者としては目覚めてはいるようですけれども、クーヤンの超能力とはまた別のものなのかもしれないと思ってます。仏教徒としては、ちょっとずつパパに影響されているという感じで考えています。最初は単にパパ好きだったり、イケメンに恋したりしていますけれど。
monado:僕が気になっていたのは、「虹色のビームが出る」というのは、“仏教的に”アリなんですかね?。(会場笑)
tricken:さくしゃさんは、悟ったら何でもアリ的な世界を主にちょいマロ親父で演出していますよね。「色んな人と寝てるようにも思われるけど、大丈夫なのか!? あれこそ立川流……みたいな。いや、実は何もしていないかもしれないですが。
SaltyDog:当初は「一つ一つのモチーフを繋げると曼陀羅になるのでは……」って考えていたんですけどね。
tricken:それで思い出したのが、七話の荒野をさすらうシーン。屍が出てきますね。SaltyDogさんが、あれについて「四門出遊」のエピソードに則っているのではないかという指摘 *7をまとめサイトでされていましたね。よく見ているなあと。
SaltyDog:最初から知らないネタが多かったので、小波旬とか、〔元の天魔波旬を〕知らなかったんです。
tricken:SaltyDogさんは、一貫して小波をトリックスターとして解釈していますね。
namak:仏教ネタで小難しい会話が繰り広げられようとしているんですけれど、時間の関係上、動画の方に移っていこうかと思います。動画は、イケメンの過去を描いた「噫無常」なんですけれども、trickenさん、これは宗教ネタに絡めると、どんな風に言えるのでしょう?
tricken:『ソワカちゃん』の宗教組織ぶりが面白いなと僕自身が思ったきっかけが、このイケメンの過去の話でした。これから見る「噫無常」に、擬宝珠に匿ってくれるおばさんがいます。あの人は確かに、イケメンを助けてくれる忠実な信者のように見えます。でも実はあの手助けは、イケメンがドクガの教祖でなくても成り立つ流れなんです。おばさんはイケメンのファンで、何か教えに従ったという感じでは書かれていない。単にイケメンが好きでも成り立つような助け方です。つまりイケメンを救ったのは、ドクガの教えじゃなくって、「イケメンがイケメンである」ただそれだけなんです。(会場笑) そういう哀しさ、悲哀が、ドクガ崩壊の無常観にトドメを刺している。そういう読み方ができるんじゃないか、まさに「噫無常」というタイトルがしっくりくるんじゃないか、ということで、選びました。
monado:もう一つ突っ込ませていただきますと、この「噫無常」の歌詞がやたらと面倒くさい。これは、澁澤龍彦のオカルトの師匠である日夏耿之介の詩の文体にとてもよく似ている。そこで日夏の詩との関係にも注目して見ていただければなと。*8
tricken:ぜひ、その辺りにも注目してご覧いただければと思います。「噫無常」、ご覧下さい。

噫無常」上映。

namak:というわけで「噫無常」ご覧いただきました。

meirin、lope登場。

meirin:いやいやいや……トーク盛り上がってますね。
lope:素晴らしいスライドも作っていただいて、わかりやすかったんじゃないかと思いますけれど……皆さん理解できましたか?(会場笑)
meirin:なんとなくでいいんじゃないですかね(笑)?いやーでも伊藤先生の講義、本当わかりやすくて、生徒になりたいなーって私ちょっと思っちゃいました。そしてnamakさんの司会もそつがない。控え室の上で「うんうん、うんうん、やってる! うーん!」って頷いてましたよ。そしてtrickenさんのね……これがまた……よかったです。
tricken:あの、monadoさんは……?
meirin:ああ、monadoさんは……べつにいいや。(会場笑)
lope:こんな感じで第一部はこれにて終了になります。
meirin:それではここで10分間の休憩タイムになりますので、皆さんトイレに行ったり行かなかったり、食べていないものを頼んだり。
lope:先ほどハブ酒が売り切れというお話がありましたけど、まだ他のメニューは大丈夫ですか……? お菓子が売り切れだそうです。
meirin:なんたらセットなどが売り切れだそうです。
lope:それ以外のメニューが全部売り切れる前に注文いただいてお楽しみいただければと思います。
meirin:余っている隣のテーブルからつまんだりとかしていただいてもいいとおもいます。(会場笑) 会場で仲良くシェアしていただければいいよ! ということで。伊藤さんmonadoさんtrickenさんにはまた第二部の方で語っていただきたいと思います。どうもありがとうございましたー!

全員退場。休憩時間を挟んで第2部オープニングへ続く。


*1 Wittgenstein, W., 1918, Tractatus Logico-Philosophicus.(=2003,野矢茂樹訳『論理哲学論考』岩波書店.)
*2 原文は The limits of my language mean the limits of my world. である。詳しくはこちらのディレクトリ版『論理哲学論考』5.6節を参照:http://www.kfs.org/~jonathan/witt/t56en.html
*3 Malcolm, N., [1958]1966, Ludwig Wittgenstein, A Memoir, With a Biographical Sketch by Georg Henrik von Wright, London: Oxford University Press.(=1998,板坂元訳『ウィトゲンシュタイン――天才哲学者の思い出』平凡社.)
*4 当時、ニコニコ動画で話題だった「たこルカ」の画像のこと。「たこルカ」とは、Vocaloidシリーズ第三弾として発売された「巡音ルカ」から派生した一頭身キャラクター(初出はこちら)。また、「蛸」というモチーフが、クトゥルー神話のクトゥルーやダゴン、あるいはハスターなどを想起させることから、クトゥルー系への派生動画も多く提出された。ラヴクラフト作品との関連については、以下のblog記事が詳しい:leava,2009,「ハスタルカ比較画像」(http://nirvanaheim.blog116.fc2.com/blog-entry-320.html,2009.02.12).
*5 この言い方は、H.P.ラヴクラフトや後続のラヴクラフティアンの作品に由来するものではなく、米国ケイオシアム社から発売されている会話型ロールプレイング・ゲーム Call of Cthulhu(クトゥルフ神話TRPG)におけるパラメータの一つ Sanity(正気度)から来ている。
*6 クトゥルー神話関連作品にしばしば登場する、星形が若干いびつになったようなマークのこと。邦訳で「古き印」とも。なお、エルダーサインはラヴクラフト作品の当初から星形がスタンダードであったわけではなく、ラヴクラフト自身も星形であるとは言及していない。ラヴクラフト作品をはじめて「クトゥルー神話」として再構築した先駆者であるオーガスト・ダーレスが、エルダーサインを「星形」であると定義し、それが後世のエルダーサイン解釈に強い影響を与えたというのが通説である。
*7 Saltydog,「第7話のストーリーについて」『ソワカちゃん疏鈔』(http://sowaka.s-dog.net/ep7_notes.html#s7cf2b4b,2008.04.13).
*8 ソワカちゃんのパロディネタ元の一つ、中井英夫『虚無への供物』序盤でも日夏に対する言及がある。

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Last-modified: 2010-04-17 (土) 00:00:00 (2537d)