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特別寄稿/『護法少女ソワカちゃん』と80年代カルチャー

前回の電奇梵唄会特設サイトより転載させていただきました。

伊藤 剛

 『護法少女ソワカちゃん』上映イベントに先立ち、「kihirohito氏の音楽性(ソワカちゃんの音楽性)というあたりを軸に解説を書いてください」というオーダーをいただいたのだが、ぼくの浅薄な知識では、氏の卓越した音楽的教養に対してフォローできる範囲が限られるので、まずは『ソワカちゃん』に関連して想起されたものを並べるしかなく、もとより80年代ポストパンク~ニューウェーヴとかいった、kihirohito氏のバックボーンとなっている音楽そのほかについて知ってることをだらだら書くしかないので、若い子には「話の内容 ホントどうでもいいよ」てなことにもなりかねないと危惧しないでもないが、君ら『ソワカちゃん』なんかにハマったんだから、年寄りの言うことは訊くもんですよと、なかば開き直って「先生モード」っぽく行きたいと思います。
 とはいっても、『ソワカちゃん』を梃子に80年代を懐かしむだけのものなら、まったく意味がない。『ソワカちゃん』の「いま、ここ」での可能性や価値を指し示す補助線になるものでなければならないわけだ。それは肝に銘じつつ、以下、有名人フルネーム呼び捨ての原則に従い、kihirohito氏も含め、すべて敬称略でお送りします。


 ポストパンク~ニューウェーヴというポピュラー音楽が、80年代、とくに日本においては「ニューアカデミズム」と呼ばれる現代思想の流行と親和性が高かったことを先に言っておくかと思う。もう、いきなり音楽の話から離れてるんだが、そういう段取りが必要だと思ったんだから仕方がない。
現在の若いひとには、なぜ「メカ沢先生宅で働く執事AとメイドB」がそれぞれ中沢新一、吉本隆明、浅田彰の似顔になってるかがピンとこないと思う。また、そこに「柄谷(行人)は?」というコメントが入るのも同じ理由なんだが、それも不明だっただろうし、『コードネームは赤い数珠』が、なぜかくも現代思想用語を散りばめているのかもよく分からない事態だったと思う。「ニューアカデミズム」をはじめ、80年代のモロモロが本当に伝わってないからだ。

 まずは、メイドB役で出演(?)している浅田彰の動画を見てもらいたい。
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm2515094
 1986年、フジテレビで深夜に放送された『TV EVOLUSION』の一部だ。
 この動画は、四時間半に及ぶ特番(途中、他の思想家のパートなどを挟んでいるものの、浅田彰の「講義」をずっと映し続けるというもの)の末尾の部分だ。この番組は九分割されてアップされているが、アクセス数をみると皆、出だしの部分だけ見て挫折(笑)している模様で、このパートまでに達したひとが少ないようにみえる。
『ソワカちゃん』的に特筆すべきは、浅田のこの発言だろう(3分06秒目から)。

「そう、東京こそはシミュレーション都市の典型と言ってもいいのかもしれない。
かつてロラン・バルトは東京のことをこんなふうに語った。
つまりこの都市は中心を持たない。
もっと正確にいえば、中心はあるけれどもそれは空虚な中心。
こう語ったときに彼は、この『空虚な中心』のまわりを、こう昆虫のようにビュンビュン高速で旋回するタクシーの群れのことを語るのを忘れませんでした」

 第9話の歌『香巴拉の門』に登場する「手持ちの地図」、東京の地図で皇居が「空虚」と記され、ソワカちゃんたちが無人の荒野を走り回るタクシーにのって都立べドラム病院に行くシークエンスを思い起こさせる。
 むろんバルトが「空虚な中心」と呼んだのは、まさに皇居のことであり、「手持ちの地図」の記載は、バルトの直接的な引用と考えたほうがいいだろう。一方、浅田がタクシーに言及しているのは、「中心なき都市」「表層のみの都市」を理解するため、その道路網を走るタクシーを血管をめぐる血球になぞらえ、メタファーとして用いているのだが、もし我々が『ソワカちゃん』と、浅田の言説との接続を真面目に考えようというのであれば、kihirohitoがこの番組を見ていて(それはとてもありそうなことなのだが)、潜在的な記憶が作品に反映したのだと安直に結論づけるのではなく、80年代には浅田彰のような思想家によって観念的に想像されるにすぎなかったものが、00年代のいまでは、表現のなかに素直に出てくるようになったと考えたほうがいい。
 実際、『TV EVOLUSION』で語られるメディアと都市についての論考は、20年後の現在こそを予見しているように思える。また、この番組は深夜のテレビ放映枠をなかばゲリラ的に用い、一般の不特定多数の視聴者を意識せず、コアなものを角を落とさずそのまま映像として流通させることを意図していた。それは、少数のメディア発信者が不特定多数に向けて映像を発信するのではなく、マイナーなものでも何でも、多くの人々によってそのまま映像として無数に流通するメディアという未来像を語るものである。それはまさに、現在「ニコニコ動画」として実現している(http://www.nicovideo.jp/watch/sm2515139 コメントも含めて参照)。あるいは、浅田彰―東浩紀という連続を補助線に、00年代的から見た80年代リヴァイヴァルを言ってもいいかもしれない。
 こうした分析を経れば、kihirohitoが80年代の文化的雰囲気(当時の浅田彰のキャラの立ち方なども含め)を使っているだけという見方をとったとしても、結局は同じことを言っていることが理解されるだろう。無人の荒野を徘徊するバスやタクシーというイメージが、直接には1993年のゲーム『メタルマックス2』に登場する「野バス」からの着想かもしれない。だが、雰囲気を面白がりで使うときにも、すぐれたクリエイターは無意識的に本質を指し示すことがある。やはり彼の行く先を示すメッセージは、アカシックレコードから愛をこめて送られてくるのだ。


 『ソワカちゃん』の楽曲のベースとなっている、この時代のポストパンク~ニューウェーヴが、現代思想や現代美術、現代文学とも近かったことについて、もう少しくわしく触れておこう。逆にいえば「あのころ」は、現代思想と近いユース・カルチャーは、一部の洋楽だったのだ。いま現代思想や批評と近いのが萌え系のアニメやラノベであるのと、たぶん同じようなものだろう。
 ポストパンクとは、その名が示すとおり、「パンク」の後に来たものである。70年代なかば、様式化・巨大産業化が進んだ従来のロックに対し、パンクムーヴメントが、簡素な演奏形態と表現で革命を起こした。そして、その大騒ぎの後、70年代後半から80年代なかばの短い期間、あらゆる方法論を許容する「ロック」が一斉に花開いたのだ。それは主にイギリスで展開されたものだが、従来のロックの枠組みを壊すようなミクスチャーや、センスやアイディア一発を前面に出したもの、知的で繊細な感性が強く出たものが目立ったことが特徴である。シンセサイザーなど電子楽器の大胆な使用も特筆すべきだろう。そうしたさまざまな音楽スタイルの実験的実践のなか、前述のように他ジャンルとの接続も盛んに行われた。
 この時期のイギリス・マンチェスターのインディーズ・レーベル、ファクトリーの盛衰を描いた映画『24アワー・パーティ・ピープル』(マイケル・ウィンターボトム監督 2002年)に、こんなセリフが登場する

「状況主義やポストモダンて聞いたことないか?
 記号論は? うちにはジョイ・ディヴィジョンもいるが――ドゥルッティ・コラムもいる。皮肉だろ?」

 レーベルに所属するバンド、"ジョイ・ディヴィジョン"の名前が、ナチの売春施設から取られたことについて、ファシズム思想的な背景があるのではないかという無遠慮な取材をしてきたプレスに対する、レーベルのプロデューサー、トニー・ウィルソンの返答だ。"ドゥルッティ・コラム"とは、同じレーベルに所属するユニットの名前で、スペイン市民戦争時に共和国軍側で戦ったアナーキスト小隊の名前から取られている。つまり、極右的ととられるような固有名のバンドと、極左的ととられるような固有名のバンドが、うちには同居してますよ、そういう考え方こそがポストモダニズムであり、ラディカルですが何か? と(やや挑発的に)言っているのである。

 このセリフは、彼らのレーベルが、イデオロギー的な名称やデザインを、そこから政治的な意味を剥奪したうえで、あえて「表層のみ」のものとして扱う姿勢を示したものだ。もっとも、当時のイギリスは不景気のまっただなかであり、政治的にもシリアスな状況があった(この映画でも、勘違いしたスキンヘッドたちがジョイ・ディヴィジョンのライヴに押しかけ、乱闘になる様子が描写されている)。トニー・ウィルソンが、本当にこう語ったかどうかはともかくとして、こうした政治的な言葉や意匠の持つ意味を意図的に切断し、表層のみのものとして扱う姿勢が、80年代のポストモダン思想とポピュラー音楽の架橋としてあったということは、少し強調しておいてよいだろう。「作者はウヨ! 注意」といった文言であるとか、『亡国浪漫』の素朴な解釈を拒む歌詞といったものが、この文脈で理解されるからだ。そして、政治的な意味を脱臭し、あえて軽薄に表層のみと戯れるというシニカルな姿勢は、80年代の日本ではさらに強く前面化した。世界でもっとも徹底したポストモダン国家といわれた所以である。さらにいえば、ここに登場するバンド、"ジョイ・ディヴィジョン"のヴォーカリスト、イアン・カーティスが自殺し、残されたメンバーが彼の死を歌った陰鬱なダンス・チューン『ブルー・マンデー』のイントロ、ドラムマシンのキック連打で作られたビートこそが、第10話その1、『機械居士かく語りき』で引用されたあれなのである。

 とりあえず、80年代サブカルチャー状況と『ソワカちゃん』の関係の解説を試みるとすれば、こんな感じとなる。だがここで終わってしまったなら、せっかくの『ソワカちゃん』の価値は見失われてしまう。ソワカちゃんってあのころのあれみたいだよね、なんか懐かしいねといって終わるのであれば、ぼくがこの原稿を書く意味などない。
 具体的にはこう言えばいいだろうか。浅田彰が「ニコニコ動画」や「YouTube」を予見したようなことを86年の時点で言っていたことだけに価値があるのではない。その発言自体を20年以上の時を経ていま我々に見せているのが、当の「ニコニコ動画」であることにこそ価値があるのである。『ソワカちゃん』も同様だ。初音ミクやニコ動といったシステム的なインフラの存在はいうまでもないが、80年代的なシニカルな姿勢も、ニューアカデミズムも、ポストパンクもまるで知らない人々にも、『ソワカちゃん』が訴えるものがあることが重要なのだ。私たちは最初『ソワカちゃん』を「いかにもそれっぽいアニメ風」の「ネタ」として受け取っていただろう(いまでもそういう人が多いことは、オープニングのアクセス数だけが突出していることが示している)。もちろん『ソワカちゃん』はネタである。また私たちはニコ動を基盤に、『ソワカちゃん』を媒介にしたコミュニケーションを楽しんでいる。そのたのしさ、豊かさを見ずに議論はできない。しかし、いつの間にかソワカちゃんとクーヤンに感情移入をし、愛着を抱くにいたっている。そして、一貫してお茶らけたユーモアを忘れずにいる作品群の背後に、なんともいえず無常な悲しさのようなものも嗅ぎ取っていないか。それは、80年代サブカルチャーとは別の位相にある、「いま、ここ」のものに違いない。

 なんだか比較的長くなってしまったので、作者さんにならって原稿を分割するよ。
 後半では、『ソワカちゃん』の楽曲について言及してみようと思う。

 もっとも『ソワカちゃん』の音楽的ルーツを十全に解読するというよりは、オレが勝手に、「これ『ソワカちゃん』っぽいよなー」と思った曲(ほぼ洋楽)を、ウチのCD棚にあるの限定で紹介してみようと思う。YouTubeにあるやつはそこにリンクを貼って、そうでないのはウェブ上でベストテープを公開できるサーヴィス、Muxtapeにアップします(なぜかここ、アップロードに時間かかるんで、ちびっとずつ上げてます)。
 それこそ作者本人からみたら「なにそれ? その曲知らんよ」というものが次々出てくるかもしれないけれど、そこはどうか仏の心でご寛恕のほどを。兎乳☆